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自分の中の両極を、自分の中のけだものを。 制御し飼い馴らす方法を探す旅。
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その心、ひとに非ず





昔よく使っていた俺のハンドルは
DIABLO


悪魔。



多分、今も。








「DIABLO…ッ」


呼ばれて俺はハッとした。

ソファに座る俺の組んだ足元で、首輪をして四つん這いになったままユウヤは俺の足指を舐めている。一心不乱に、そして朦朧と。
そしてまた。

DIABLO


と呼んだ。

視線を上げず、一心不乱に、朦朧と、呪うように、嘲るように、愛おしむように、呼んだ。



コンタ以外の男とセックスするようになって、もう2年になる。
上海支社へ転属になったコンタのあけた穴はとてつもなく大きかった。
コンタの生活の痕跡のある部屋で1人で目覚め、1人で朝食を取るのには1ヶ月で慣れたが、カラダの飢えは増幅する一方で、3ヶ月目の夜には知らない男と寝ていた。
コンタ以外でも、俺のからだはこんなに悦ぶ。
こころを裏切って歓喜する浅ましいからだの快楽と、拭っても取れない泥のような罪悪感に、俺の精神はまた不安定になった。
箍がはずれたように毎週違う男とセックスを重ねた。
セックスの間だけは、寂しさも罪悪感も忘れていられた。
時に、忘我するほどに責め虐げてくれる相手を探し、時に、壊れるほどに責めさせてくれる相手を見つけた。


仕事は増え、充実していく。
コンタはいない。 俺のからだは違う男とのセックスに慣れていく。
こころ、からだ、たましい、すべてが、バラバラだった。


1年してコンタが帰ってきてもその悪癖は治らなかった。
始めは血を見るほどに揉めたがコンタが妥協した。
多分、俺がばらばらなのを知っているんだ。




ユウヤとの間にある脆い境界を踏み壊そうとしていたのはユウヤ自身だったが、それに抵抗するのを止めたのは俺だった。ばらばらの俺。



主従は明確、ユウヤは俺に隷属した。
そこには愛はない。
ユウヤ、という、俺の中にある記憶と妄想でできた偶像、それを壊したいだけ、踏みにじりたいだけだ。
ユウヤの持つ世界を、クリエイターの持つ独特の感性を、綺麗な顔立ちと痩せたからだを、全部を。


8割はメール、気が向けばホテルで会う。
人格を否定するほどに責めて、ユウヤのサディズムを蹂躙する。
時には涙すら溜めて抵抗するユウヤのからだはしかし、俺のサディズムと快楽に歓喜することを知っていた。
俺にオナニーを命じられ、言葉では口汚く抵抗しても、開いた足の間では勃起したチンコが涎を垂れ流す。
乱暴なイラマの間もユウヤのチンコは萎えることはない。

首輪、リード、緊縛用縄、手枷足枷、ギャグ、鞭、蝋燭、拡張バイブ、アナル洗浄用具一式、カテーテル。
すべてユウヤは自分で、自分専用のものを買い揃えた。


「おまえさ…いったいどないなりたいねん」


まだ壁を壊す前、メールで何度も誘いをかけてくるユウヤにそう訊ねた。
サディストであるユウヤも、純愛を渇望するユウヤも、どちらも俺では満たしてやれないのは明確だったからだ。ユウヤは俺に何を見ているのか、わからなかった。

「俺にもわからん。けど、おまえに目、見られたら、壊れてしまいたくなるねん」



なかなか合わないユウヤの視線を無理矢理捉える。
一瞬怯えた色合い、すぐに上っ面の矜持で塗りかえられる、暗い被虐のもう一人。


壊れたい?
壊したい。


罵倒して噛みちぎって凌辱して殴打して蹂躙して切断して緊縛して解体して。






ベッドの上で、ユウヤは軽い失神状態にある。いつものことだ。
何時間もアナルを犯され尿道を犯されながら射精を抑制されてはね。

いつものようにさっさとシャワーを浴び身支度を整える。
ジャケットを羽織ってドアに向かい、帰りに駅前のスーパーで晩飯の食材を買って帰ろうかと思い巡らす。今日はコンタも遅くならないみたいだし鍋でもするか。
少しずつ現実に思考を戻しながら、でもうまくいかない。
一度ブーツを履きかけて、俺はベッド際に戻った。

背中に鞭痕をくっきり残したままユウヤが突っ伏している。
体中いろんなもので汚して、すべてを一気に解放して抜け殻のように。

愛もない、執着もない。
珍しい玩具のように愛でるだけだ。
暇潰しのようにおまえを壊す。


確かにな。


俺はDIABLOだ。






「…さっさと帰れや」
突っ伏したままユウヤが言った。「…起きてんのやったらさっさとシャワーせぇや」
「ほっとけ。はよ帰れ」


あんなに恥ずかしい言葉を羅列した舌が、もう憎まれ口をきく。
「そやな、お前がキスしてくれたら帰るわ」
肩越しにようやく振り向いたユウヤが驚いたように目を見開いて、すぐ視線をはずした。
「そんなん、アイツにしてもらえや…俺のロールちゃう」




ユウヤの声が勢いを失っていた。わかってて、俺はこういうことを言う。


もっと悲しませてもいい?
もっと壊してもいい?
もっと追い詰めて苦しませて、それでも綺麗なお前を犯してもいい?
純愛なんか見つかるわけない。
お前そのものが純愛なんだから。

コンタを愛してる。
セックスだってマンネリしてない。
コンタだけでいいはずなのに。
こころとからだがバラバラなんじゃない。
こころとからだがもう一つずつあるんだ。
淫蕩で奔放で、社長のスタンガンに勃起し、ユウヤのおねだりに興奮する俺が。
レンジ、という名前の俺の中に棲まうDIABLO。





ブーツを履いてるとユウヤが頭から毛布を被ってやってきた。
「…また、」
俺の背後からぼそり、と言う。
「またメールする」
「年内はもう会えねーし」
「ふうん」
別に落胆した様子もなくユウヤは返して、立ち上がりユウヤに向き直った俺の目を見た。

お、と思う間もなく、ユウヤの腕が俺の頭を掻き寄せ唇と唇が触れた。

それだけだった。


「死ねDIABLO」




そして少し笑うと踵を返した。
被っていた毛布を剥がしながらバスルームに向かう、綺麗な裸体。俺が犯し汚し踏みにじりまくってすら。
こんなに魅力的なものを、俺は凌辱するしかできない。






「また年内に会いたくなるぐらいの動画送りつけてやんよ。じゃな、レンジ」







その晩も俺は鶏鍋と冷酒でコンタとゆっくり夕食をとり、コンタとセックスをした。

そして年末年始のスノボの相談をしながら眠りについた。





DIABLO。
俺の半身。


その心、ひとに非ず。




構築し、また破壊する、何度も。
結局俺は「ちっとも学習しないアホな半ノラ」なのだ。


ここしばらく俺はミクシィのアプリに夢中になっていた。
たかがアプリ、されどアプリ。
簡単なチャット機能もついたオンラインアプリはなかなか秀逸な出来だ。
日本のどこかに、確かに今存在する誰かとリアルタイムで繋がれる感覚は、ここ数年ネットから遠ざかっていた俺には懐かしいものだった。

自分を偽り、被る仮面を楽しむ。時にかかるストレスをも醍醐味に変えて、誰にどう思われているかを推測し、観察して楽しむ。
俺の悪癖だ。


コンタに内緒で遊ぶようになるまではあっという間だった。

ただし、定額をフルに使ったパケ代をコンタに突っ込まれ、またトラブルの元になるまでも、あっという間だったが。





数年前、俺がこのブログを閉鎖する羽目になった事件の時と同じだ。

今回は探られて痛い腹もなく、アプリをやめることですぐに収束したが、突然の引退でいろいろに迷惑をかけた。


たまたま電話をかけてきたシンゴにその話をすると大笑いされたあげく
「また突然最終回か。ホンマ学習せぇへんな。記憶力の無駄使いやの」
と毒を吐かれ

たまたま飲みに行った大谷の店では
「その半ノラ体質ええかげんなんとかせぇ。俺が彼氏やったらもう3回ぐらいは刺しとるで」
とかなり怖いことを言われた。


反省?
してるようなしてないような。



ちょっと淋しい毎日、それでも日々は過ぎていく。
俺がいなくてもギルド内では今日も、下らなくも楽しい会話が盛り上がっているに違いない。

構築、破壊。

楽しくも悲しくも、ある。








戯言也。