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自分の中の両極を、自分の中のけだものを。 制御し飼い馴らす方法を探す旅。
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雷雨
同じ男とは二度と寝ない。



…はずだったのだが、最近はそうもいかなくなった。




やはりヤるならより愉しみたい。こころにだって、からだにだって相性がある。
俺の中のSとMをふたつながら満足させる必要はない、それはコンタにしかできないし、コンタにしか任せたくない。


俺のSを満足させてくれるのは、フリーターで22歳のヒロト、そしてユウヤ。
そして御しがたいMを沈静、いや沈黙させるのが「社長」だ。




「もし明日、世界が終わるならおれは誰かを屠り殺したい」

社長は初めて会った時そういった。
露出以外全部するけど本当にいいの?
傷、つけるし。よく考えて。

3日後の仕事帰りにもういちど会って、ホテルに行った。



壁ぎわに立たされ
頭の上で手首を縛られて動けない俺の脇腹に押し当てられる冷たいナイフの感覚。タトゥーの下からも酷く流血しているらしく、肘から脇を生暖かいものが伝う。
眩暈がするほどの、錆じみた血の匂い、何度も押し当てられるナイフの冷たさに恐怖し、興奮した。皮膚がゆっくり裂かれる感覚、程なく追いつく痛み。
声は出ない。
夢の、ようだ。
感覚が混乱して
でも泥の中の貴石のように
異質で
判然とした

快感。



一粒でリミッターを外すのには十分な快楽のひとしずく。
股間に凝集する灼熱、恐怖、痛み、興奮、すべて同価。


いいな…すごく。


勃起した俺のチンコをゆるくしごきあげながら言った社長の声も熱く、腰骨に社長の、かなりの巨根が押し当てられた。
体の奥の火照りが、一気に焔に燃え上がった。



とても丁寧に真摯に傷の手当をされたあと、食事に連れて行かれた。
「フレンチなんてあざとすぎるか?嫌いやないやろ?好きなもん食べや」
社長はバカ高そうなワインを傾けながら自嘲げに笑った。
年は40ちょい。金も肩書も家族も手に入れた。
でも時間と性癖だけは思うままにならない、と文句をいう。
男じゃないとダメ。
できれば極M。
社長の『ツールボックス』は確かにヤバそうなものばかりだった。スタンダードなSMグッズにまじって、ナイフ、針、スタンガン。そしてピアッサー。
誰憚ることない個室で、彼は自分の鬱屈した性欲を告白しつづけた。
そして

「言い値でええよ。

といった。

「は?」
「きみの今日の値段。いくらでも払うで。」
「いや…」
「小切手きるし。現ナマがええんやったら手元に100万だけしかないんやけど」

ウリにきたわけじゃない。純粋に性欲を満たしたかっただけだと説明したが、社長は笑って取り合わない。
「アホなことゆうな。ほなキミ、金もみかえりもいらんであんなヤバいことさせんの、いっつも」
ヤバいって(笑)
自分で言うか(笑)
「切られたりしたのは今日が初めてです」
社長が呆れたように溜息をつき、そして皿の上のよく熟れた高級メロンをフォークで突つきまわしながら俺を改めて見た。2分ほど沈黙があった。社長の無遠慮な視線に晒されながら俺はちょっと酸味の強いコーヒーを半分に減らした。
「…カタギのサラリーマン、やんな?」
「まあ、はい」
「仕事、辞めてみる気ナイ?」
「?」
「俺がキミに一ヶ月これだけ払う」
社長が俺に手の平を見せた。

「50万」
「アホか、500万や」


え?


「探してもなかなかキミみたいな子おらんねん。切らせてくれても痛がるだけやったり、それやったらアカンねん、クソや」

ようやく、皿の上で無残な姿になったメロンを口に運んだ。


味わうようにゆっくり咀嚼してミネラルウォーターを口に含む。
そして、黙って残りのコーヒーを飲む俺をまた凝視した。
あ。
またレイプされてる、と思う。
ねっとりと、絡み付く視線というのはこういうのをいう。



君、みたいに、


社長が自分の視線を戒めるように言葉を発した。


「ホンマに悦ぶ子やないと。金で探したらナンボでもおるけど、そういう子って変に場慣れしてるというか、なんかスレてる感じがして萎えるというか、まあ萎えはせんけど興ざめやねんなあ…」


場慣れしてなくてすんません(笑)


「せやからやな、マンションも用意するから、俺のヤりたい時にやりたいようにやらせてくれたら月500万、いや…1000万でもええ」


うわあ。
ええ?


年収1億2千万?




正直、揺れた。
ゴミみたいな俺のカラダにそれだけのビジネスバリューを認めてくれることに、純粋に喜びを感じた。
でも。
でも。

俺は多面体だ。
体を精神を責められるだけでは満足できない。
たずなをとれないほどに狂暴な加虐への欲望はどうしたら?
いやそれ以前に。
コンタがいなければ何もかも無理。


「本当に、嬉しいんですけど。飼われるのはヤです」
「なんでや…君も普通のセックスで満足できひんのやろ?だから俺みたいなヤツに体曝すんやろが」どうなんだろう。
コンタとのセックスで満足してない、わけじゃない。十分だ。
どうして俺は。
「もしかして、キミ、カレシいてんの?」
「はい」
「いてて、こんなことしてんの。カレシでは満足できんねやろ」
「そういうんじゃないんですけど…なんでか、なあ…」
なんでだ。
俺はなんで。
コンタなら、俺のどんな要求にだって答えてくれる。
多分、今日社長が俺にしたようなことだって、きっと、コンタはやってくれる。
俺がやりたいって言っても、きっと。
コンタでなくてはダメなのに、コンタだけではダメなのか?


「ああ、まあわからなくはないけどな。俺かて会社や家族があるからこそ正常でおれるんやし。社会に繋ぎとめる伽、っちゅうかな。それ手放したら即犯罪者になってしまうやろな俺は。キミもそうちゃうか」


俺の深考と逡巡を厭うように社長は早口でそう言って、皿に1切れだけ残ったぐちゃぐちゃのメロンにフォークを突き立てた。
「気が変わったらいつでもゆうてくれ。さっき名刺渡したやろ。裏に携帯書いてある。体疼いたらいつでも連絡くれ。キミに呼ばれたら最優先で飛んでいくからな。都合ええようにつこてくれ」
「初対面やのにずいぶん信用されてるんですね…個人情報満載ですよ」
「相手を信用せんうちは相手にも信用されんしな。せやし、キミは計算ちゃんとできるタイプや。俺を揺さぶってでる金の価値と、たまらん衝動をなんとかしてくれる存在の価値、ちゃんと測れてるやろ?」


怖い人だ。


俺がきっと連絡を取ってしまうのを知ってる。
恥知らずな欲望に身を任せてしまうのを。

突き刺したフォークを円を描くように回してみずみずしい果肉をえぐりながら社長が溜め息をついた。

「アカン」


果汁を垂れ流しながら、崩壊する柔らかく甘い果実。



「またキミが欲しなった」



社長がフォークの先の、溶けそうな塊を俺に突き出し、俺の口元に押し付けた。少し開いた俺の唇をこじあけて、原形を留めないそれが滑り混んできた。

残酷にえぐられながらこんなに甘い。


降り出した激しい雨の中、2軒目のホテルでは、入るなり着衣のまま犯された。

近くの避雷針に、雷が落ちた。

ネクタイで猿轡を噛まされ、先ほどのレストランから持ち帰ったワインのボトルでまずえぐられた。ベッドに倒れ込むように突っ伏した俺の太股や尻の肉を、空気を割いて唸るベルトが苛んだ。
勃起した俺のチンコから我慢汁が溢れシーツを濡らすのがわかった。

雨粒が窓ガラスを激しく叩く。
また、雷。

性急に社長が後ろから俺の肉を刔る、乱暴に。
快楽。
痛み。
快楽。
痛み。

目まぐるしく切り替わるACDC。



ショート。












突然の驟雨に思い出される。
あの日もこんな雨だった。
1年近く前のことだが。
今でも月2回ぐらいは社長に会う。
ホント、恥知らず。
その心、ひとに非ず





昔よく使っていた俺のハンドルは
DIABLO


悪魔。



多分、今も。








「DIABLO…ッ」


呼ばれて俺はハッとした。

ソファに座る俺の組んだ足元で、首輪をして四つん這いになったままユウヤは俺の足指を舐めている。一心不乱に、そして朦朧と。
そしてまた。

DIABLO


と呼んだ。

視線を上げず、一心不乱に、朦朧と、呪うように、嘲るように、愛おしむように、呼んだ。



コンタ以外の男とセックスするようになって、もう2年になる。
上海支社へ転属になったコンタのあけた穴はとてつもなく大きかった。
コンタの生活の痕跡のある部屋で1人で目覚め、1人で朝食を取るのには1ヶ月で慣れたが、カラダの飢えは増幅する一方で、3ヶ月目の夜には知らない男と寝ていた。
コンタ以外でも、俺のからだはこんなに悦ぶ。
こころを裏切って歓喜する浅ましいからだの快楽と、拭っても取れない泥のような罪悪感に、俺の精神はまた不安定になった。
箍がはずれたように毎週違う男とセックスを重ねた。
セックスの間だけは、寂しさも罪悪感も忘れていられた。
時に、忘我するほどに責め虐げてくれる相手を探し、時に、壊れるほどに責めさせてくれる相手を見つけた。


仕事は増え、充実していく。
コンタはいない。 俺のからだは違う男とのセックスに慣れていく。
こころ、からだ、たましい、すべてが、バラバラだった。


1年してコンタが帰ってきてもその悪癖は治らなかった。
始めは血を見るほどに揉めたがコンタが妥協した。
多分、俺がばらばらなのを知っているんだ。




ユウヤとの間にある脆い境界を踏み壊そうとしていたのはユウヤ自身だったが、それに抵抗するのを止めたのは俺だった。ばらばらの俺。



主従は明確、ユウヤは俺に隷属した。
そこには愛はない。
ユウヤ、という、俺の中にある記憶と妄想でできた偶像、それを壊したいだけ、踏みにじりたいだけだ。
ユウヤの持つ世界を、クリエイターの持つ独特の感性を、綺麗な顔立ちと痩せたからだを、全部を。


8割はメール、気が向けばホテルで会う。
人格を否定するほどに責めて、ユウヤのサディズムを蹂躙する。
時には涙すら溜めて抵抗するユウヤのからだはしかし、俺のサディズムと快楽に歓喜することを知っていた。
俺にオナニーを命じられ、言葉では口汚く抵抗しても、開いた足の間では勃起したチンコが涎を垂れ流す。
乱暴なイラマの間もユウヤのチンコは萎えることはない。

首輪、リード、緊縛用縄、手枷足枷、ギャグ、鞭、蝋燭、拡張バイブ、アナル洗浄用具一式、カテーテル。
すべてユウヤは自分で、自分専用のものを買い揃えた。


「おまえさ…いったいどないなりたいねん」


まだ壁を壊す前、メールで何度も誘いをかけてくるユウヤにそう訊ねた。
サディストであるユウヤも、純愛を渇望するユウヤも、どちらも俺では満たしてやれないのは明確だったからだ。ユウヤは俺に何を見ているのか、わからなかった。

「俺にもわからん。けど、おまえに目、見られたら、壊れてしまいたくなるねん」



なかなか合わないユウヤの視線を無理矢理捉える。
一瞬怯えた色合い、すぐに上っ面の矜持で塗りかえられる、暗い被虐のもう一人。


壊れたい?
壊したい。


罵倒して噛みちぎって凌辱して殴打して蹂躙して切断して緊縛して解体して。






ベッドの上で、ユウヤは軽い失神状態にある。いつものことだ。
何時間もアナルを犯され尿道を犯されながら射精を抑制されてはね。

いつものようにさっさとシャワーを浴び身支度を整える。
ジャケットを羽織ってドアに向かい、帰りに駅前のスーパーで晩飯の食材を買って帰ろうかと思い巡らす。今日はコンタも遅くならないみたいだし鍋でもするか。
少しずつ現実に思考を戻しながら、でもうまくいかない。
一度ブーツを履きかけて、俺はベッド際に戻った。

背中に鞭痕をくっきり残したままユウヤが突っ伏している。
体中いろんなもので汚して、すべてを一気に解放して抜け殻のように。

愛もない、執着もない。
珍しい玩具のように愛でるだけだ。
暇潰しのようにおまえを壊す。


確かにな。


俺はDIABLOだ。






「…さっさと帰れや」
突っ伏したままユウヤが言った。「…起きてんのやったらさっさとシャワーせぇや」
「ほっとけ。はよ帰れ」


あんなに恥ずかしい言葉を羅列した舌が、もう憎まれ口をきく。
「そやな、お前がキスしてくれたら帰るわ」
肩越しにようやく振り向いたユウヤが驚いたように目を見開いて、すぐ視線をはずした。
「そんなん、アイツにしてもらえや…俺のロールちゃう」




ユウヤの声が勢いを失っていた。わかってて、俺はこういうことを言う。


もっと悲しませてもいい?
もっと壊してもいい?
もっと追い詰めて苦しませて、それでも綺麗なお前を犯してもいい?
純愛なんか見つかるわけない。
お前そのものが純愛なんだから。

コンタを愛してる。
セックスだってマンネリしてない。
コンタだけでいいはずなのに。
こころとからだがバラバラなんじゃない。
こころとからだがもう一つずつあるんだ。
淫蕩で奔放で、社長のスタンガンに勃起し、ユウヤのおねだりに興奮する俺が。
レンジ、という名前の俺の中に棲まうDIABLO。





ブーツを履いてるとユウヤが頭から毛布を被ってやってきた。
「…また、」
俺の背後からぼそり、と言う。
「またメールする」
「年内はもう会えねーし」
「ふうん」
別に落胆した様子もなくユウヤは返して、立ち上がりユウヤに向き直った俺の目を見た。

お、と思う間もなく、ユウヤの腕が俺の頭を掻き寄せ唇と唇が触れた。

それだけだった。


「死ねDIABLO」




そして少し笑うと踵を返した。
被っていた毛布を剥がしながらバスルームに向かう、綺麗な裸体。俺が犯し汚し踏みにじりまくってすら。
こんなに魅力的なものを、俺は凌辱するしかできない。






「また年内に会いたくなるぐらいの動画送りつけてやんよ。じゃな、レンジ」







その晩も俺は鶏鍋と冷酒でコンタとゆっくり夕食をとり、コンタとセックスをした。

そして年末年始のスノボの相談をしながら眠りについた。





DIABLO。
俺の半身。


その心、ひとに非ず。