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同性に対する性欲を自覚してからというもの
俺の中からバイセクシャルという言葉が離れなくなった。
バイセクシャル、という言葉はしかしただの符号でしかない。
ただの符号、大雑把すぎるカテゴリー別。
俺はそんな言葉に捉われたくはない。
俺を現し表現する数多の言葉のうちのただ一つにすぎないのだ。
もっといえば、バイセクシャルという言葉での表現が正しいのかもまだ疑問の余地を残したまま。
そもそも言語的にどういう定義づけがされているのかも知らない。
性的に許容できるか否か、という基準であれば
俺は多分今でも女の子を抱けると思う。
いやいやではなく、俺自身も十分に楽しんで興奮して抱けると思う。
だが恋人として愛せるか、というと甚だ疑問なのだ。
電車に乗っても町を歩いても目につくのは男。
テレビをつけても映画を見ても気になるのは男。
いやかわいい女の子も好きなんだ、でもちょっと視点が違う。
明らかに。
これって一過性だろうか。
こころとからだがばらばらな気がする。
「抱く」＝「好き」とは限らない。
俺が好きなのは男のからだ？男のこころ？
何いってんだ俺は。
わけわかんね。

だから考えないことにする。



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先日、母親がリビングで妹かなこ相手に何かを広げて見せていた。
なにこれ、と聞くと『赤ちゃんのおくるみ』だという。
クラフトサークルの友人に頼まれて母親が作ったというそれは俺にはちょっと近づきがたいシロモノだった。
真っ白な布に銀糸でこまかな縫い取りがしてある１００センチ四方のキルティング生地。
新しく生まれたばかりの命を包む布に近づくには俺は少し汚れているような気がしたのだ。
遠目で眺める俺に母親の言葉がずしりと来た。

「あんたらの子供にも作ってあげたいねんなー、コレ」

俺はきっと結婚しない。
それだけは確信できる。
喉まで出かかった。
オカンごめんそれは無理。
俺結婚できんから。孫の顔見せてやれんから。
きっと俺、男のほうが好きやから。
どうにかそんな言葉を飲み込んで無言のままその場を去った。
そう、俺がどんなにバイだって宣言したところで、女の子だって抱けるんだって主張したところで、実態は限りなくゲイに近い。
きっと母親から見ればそういうことだ。
結婚するつもりのない、同性が好きな息子、なのだ。
いつか両親に事実を告げなければいけない日が来るんだろうか。
母親は泣くだろうか。父親は激怒するだろうか。
そんなことを考えると憂鬱になってしまうので
考えないことにする。



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たかがタグ、たかが符号。
しかしその「たかが」に振り回されてしまう俺。
くだらない。
事実は一つなのに、俺は俺でしかないのに。
同性愛者であることを殊更辛く感じたことはない。
いい相手に恵まれたこともあるけれど
俺にとってはつける仮面が一枚増えただけだからだ。
１３歳からつけ続けた仮面はもう数え切れない。
家族すらもきっと知らない、そして俺ももう本当の自分がわからない。
わからなくていい。

『仮面の下には何も無い、あるのは理念だけだ』
アナーキスト"Ｖ"の言葉は正しい。

俺という理念の上に被せ続けられる幾千もの仮面。
しかし今つれづれにキーボードを叩いている俺はまぎれなく真実の俺、理念思念そのものだ。
俺は俺であり理念である。
誰に取り繕うことも飾ることも虚勢をはることもない俺。
どろどろと渾沌と雑然と思考に食い食まれる俺。

『フィクションとノンフィクションの世界を泳ぎきれない役者は狂う』

かつての蜷川幸雄は言った。

俺のノンフィクションはどこだ。
仮面の下の呼吸困難。
いつか俺は狂うかもしれない。
そうだとしても多分、まだ先の話。
考えないことにする。


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過日。
職場の上司、竹山さんのデスクから大量に未処理の案件が発掘されて一瞬事務所がパニックになった。
確認のとれない「保留」案件がクリアファイルの間に忘れられていたのだった。
このときは事務所総出で対処して事なきを得たが
考えないでおこう、と保留ばっかりしているとあとで痛い目を見る。
そういうことだ。


わかってるんだけど。
わかってるつもりなんだけど。

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俺は俺という理念である。
分類したければしていい。
落胆したければ、絶望したければそれでもいい。
俺は俺でしかない。


俺という仮面は、俺の理念の欠片そのものでもある。