土曜。
午後１１時すぎ。
某整骨院内、受付前。
俺より、いやもしかしたらコンタよりも一回りでかい男がこちらへどうぞ、といった。
いつも俺の体の不都合を治してくれる先生が急患で手が離せないという。
急遽担当が変わったのだ。
「神崎です、よろしく」
みるからに体育会系の白衣の若い男はにっこりと笑った。
笑うといかついイメージがウソのように消える。
先生が受付でごめんな、としきりに謝りながら、彼の腕は俺が保証するから、と付け足したのをなんとなく思いだす。
「よろしくお願いします」
誰だっていいんだけどね。
体ラクにしてくれれば。
パソコンで呼び出した俺のカルテを真剣になぞり読みしている神崎を横目に俺は服を脱ぎ始めた。
いつもどおりうつ伏せに施術台の上に寝転がると、神崎はようやくカルテを手放した。
「じゃ、はじめますねー」
ええ？
もう？
先生はもっとカウンセリングに時間かけるんだけど。
っつかドコが痛いとかまだ俺言ってねーし。
「腰、なんですけど・・・」
よいしょ、と施術台によじ登りながら神崎はにっこりとあの笑顔で笑った。
「ええ、腰ですね」
それだけだった。
大丈夫かよ・・・
俺の中で疑心暗鬼がぶつくさ言い始めた瞬間。

「ふぁ・・ぁっ・・・」


自分の声だと、初めは理解できなかった。
理解した途端耳がかぁっと熱くなった。
俺の太腿の両側に膝をついて跨った彼の、乾いた手が俺の肩井に触れ、圧力をかけたのだ。
・・・ただそれだけだった。
「あ・・痛かったです？」
答えられない。
痛くない。
痛いわけがない。
俺にこんな声を出させる感覚は、痛みではない。
でも、ありえない。
「痛かったらゆってくださいよ？」
タオルをはさまず、直に俺の背中を滑る熱く乾いた掌。
背骨の両側、肩甲骨の窪み。
筋肉と筋肉の間に潜む、何につながっているかも分からない謎の神経線維を優しく揺り起こすような指先の圧力。
俺は何度も声を噛み殺して呻いた。
痛いといえば痛いのか？
違う。
絶対に違う。
「ぁ・・う・・・・ｯ・・」
神崎さんのマッサージのタッチは先生とは異なっていた。
先生は静から動、ファーストタッチは弱く、それから少しずつ、その変化がわからないぐらい緩慢に強くしていくやり方で、際立った痛みも快感もないかわりに術後の爽快感はすごい。
神崎は明らかに違う。
ピンポイントでぐ、強くと押し込んだあと、波のうねりのように強弱緩急をなだらかに繰り返す。
はじめの強いインパクトをわすれさせる、一定の催眠染みた反復･･･
「今なにかスポーツされてますー？」
のんきな声音で神崎が話を振ってきたが、不覚にも俺にはそれに返事をする余裕がなかった。
噛み締めた唇をほどけば、違う声が出そうだった。
掌が肌の上を滑り、また新しい筋肉の隙間を見つけては優しく強く抉り出す。そこに眠り続けていた感覚までも。
「背中、ばっちり出来てますよねー筋トレで？」
優しい声で、多分あの笑顔で。
神崎の掌が俺の腰あたりに触れた。
体の内から外に向かってゆっくり揉みあげる。
「あー・・・かなり張ってますねー・・・デスクワークばっかだと疲れますよねぇ」
俺はまだ自分の職種を先生にさえ伝えていなかったはずだったが、もうそんなことはどうでもよかった。
俺の思考回路は殆ど機能していなかった。
脳内になにかの麻酔が染み渡ってる。
頭が痺れてる。
ヤバい。
なんかヤバイ、こいつ。
･･･こいつの手。
体が熱かった。異常に。
マッサージで一時的に血流がよくなって汗をかくこともあるが、この熱は違う。
体の内側、最深部から滾るようなどろどろとした高温、精神温度まであげてしまう危険な上昇。
上がる心拍数、耳の中で血液の拍動が響く。
「ここですねー」
神崎の手が
尻と背中の間辺りの筋肉の窪みを強めに押した。
声は抑えきれなかった。
「ん･･･く、ぅぅぅぅ、っ」
一気に明確になるその感覚。
脳下垂体を直撃する感覚。
なにより雄弁に語るのは。
下敷きになった股間に集まる血液の脈動。
「ちょっと痛いかもですけどねー・・まぁすぐにラクになりますから」
ラクになるって何ですか。
イっちゃっていいんですか。
ンなわけねーだろ。
神崎の一揉みで腰から背筋を駆け上がる、こんどこそはっきりとした快感の電流。
Ａ－１０を直接鷲づかみにされているかのような。
皮膚を剥いで
筋肉をかきわけ
俺の快楽につづく神経系だけを弾いていくかのような掌。
絶妙すぎる強弱とその揺らぎ。
リズミカルに揉み上げる神崎の静かで深い呼吸音が僅かにきこえた。
だめだ。
俺何してんの。
こんなところで勃起させて。
ただのマッサージじゃねぇか。
だめだ。

制御できない。
勃起したチンコの存在は俺自身の羞恥心を更に煽って、その羞恥心がまた快楽にカタチを変える。
この悪魔的な甘いループを俺は止められなかった。
もしもそういう表現が赦されるならばだが
俺はその時
神崎の掌で犯されているような気分だったのだ。



たっぷり３０分以上も翻弄されたあと、神崎が施術台を降りた。
「５分ほどクールダウンしてから整体のほう、はじめますねー」
俺にあたえられた時間は５分。
トイレに行くには短すぎる。
整体がはじまるとうつ伏せのままではいられなくなる。
パンツごしとはいえ俺の勃起チンコ大歓迎なのはコンタぐらいだろ。
んー・・・
どうするか・・・
手立てがナイ。５分でこのバカ息子を宥める方法。
まだ頭の中は霞みがかかったままで、まともに働かない。
萎え妄想でどうだ。

えっとえっと
井上和香のおっぱい。
えっとえっと
ほしのあきのおっぱい。
えっとえっと
フットポールアワー・岩尾の悶え顔。

ふぅ。
ちょっと萎えた。

しかしまだ半勃ち・・・
仕方ない。
開き直ります。

「じゃ、仰向けに寝て・・・」
足元から神埼が声をかける。俺は意を決して体を裏返した。
そして足元の神崎の様子を伺う。
神崎の例の乾いて熱い、でかい手が俺の足首を掴んでかるく振った。
右足が少し長いかな、といいながら膝の向きを修正する。
神崎の視線が
止まった。
下着ごしにもそれとわかる隆起に目をとめて、ちらり、と上目づかいに俺を見た。
神崎の様子を見ていた俺の視線と当然かち合った。
こういう時どうすればいいんだろう。
俺が考えあぐねていると神崎が俺の視界の中で困ったように笑った。
「もぉ・・・ちょっとは恥ずかしがってくださいよー・・・」
俺もどう返していいのかわからなかったので、はぁ、ととぼけた返事を返したら神崎は笑った。
今度は豪快に。
「よくいらっしゃいますけどね・・・こうなっちゃう患者さん。でもこんなに隠さない人は滅多にいないなぁ」
そして
「いつもは恥ずかしくないですよ生理現象ですから、なんて言って患者さん励ますのになぁ・・・こっちが恥ずかしくさせられたの始めてや。なんかちょっぴり敗北感」
と笑いを交えながら朗らかに続けて、次は急に声のトーンを落とし、囁くようにいった。


「声も･･･あんなに我慢しなくてよかったのに･･･」


くそぉ。
神崎てめぇ。
湧き上がった羞恥を誤魔化したい俺の感情が軽い怒りにそれをすりかえ毒づいた。
心の中だけだったが。
実際には言葉を失っていた俺に神崎が笑いながら追い討ちをかけた。
「俺、ロンブー淳並みにドＳなんで･･･我慢強い人だとすごく燃えちゃうんですよねー」
過激すぎる悪戯好き。
多分、他意はないのだろうが。
あのさ。
俺みたいな人種にはマジでこういう悪ふざけヤバいんだよ？


神崎のマッサージは危ない快感を伴ったが
その後２０分使って行われた整体はチンコも萎える激しさだった。
ひさびさに体の骨がきしむ音を聞いた。
さすが自称ドＳ。
「痛いですかー？」と聞く声がこころなしか楽しそうだった。
なんとなく負けたくなくて必死でなんでもないフリを続けた俺もどうかと思うが。
腕は確かにいいようだ。
施術を終えて立ち上がると腰の違和感がウソのように軽くなっていた。
「明日にはもう少しラクになりますよ。」
その時施術を終えたらしい先生がカーテンを開けてよぉぉぉ、顔を覗かせた。
「終わった？」
神崎の入力したパソコンのカルテ画面と俺の顔をかわるがわる見ながら先生は笑った。
「どぉ、なかなかいい腕やろ、こいつ」
「はい、そうですね」
いい腕ですよ。
マッサージで俺を勃起させるヤツなんて初めてです。
・・・とは言えなかったが。


神崎は取り澄ました顔で、俺にも先生にも興味なさげにパソコン画面を見つめていた。
黒いキーボードの上に、結婚指輪が光っていた。




次の日には更に腰の違和感は薄くなった。
神崎。
たしかに
腕はいい男。